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甲府地方裁判所 昭和32年(ワ)161号 判決 1958年10月28日

原告 筒井登

被告 浅尾英世 外二名

主文

亡浅尾長次承継人被告等より原告に対する東京高等裁判所昭和二九年(ネ)第一二〇三号建物収去土地明渡請求事件の判決に基く建物退去土地明渡の強制執行は、被告等において原告に対し金九万円の支払あるまでこれを許さない。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告等の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和三十二年七月二十四日した強制執行停止決定はこれを認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「亡浅尾長次承継人被告等より原告に対する東京高等裁判所昭和二九年(ネ)第一二〇三号建物収去土地明渡請求事件の判決に基く強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、(1)  亡浅尾長次は、昭和二十二年三月十七日付甲府地方裁判所昭和二二年(ノ)第一号不動産賃貸借契約確認事件の和解調書に基き、甲府市伊勢町第一〇六五番(公簿上第一〇六二番の三)宅地二百六十三坪(公簿上二百五十五坪)を賃料は近隣に比較して適当に定めること、賃貸借期間は定めないことの約で訴外大木日出雄に賃貸した。

(2)  原告は昭和二十六年六月中、右大木より同人が前記宅地上に所有していた家屋番号同所第二八一番の三、木造杉皮葺平屋建店舗兼居宅一棟建坪十五坪(以下本件建物という)を買取り、同時に該家屋の敷地部分六十坪(以下本件土地という)に対する賃借権を譲受けた。

(3)  そこで亡浅尾長次は、右借地権の譲渡が土地所有者の承諾を得ない無断譲渡であるとして、昭和二十七年六月十五日付内容証明郵便を以て前記大木に対する賃貸借契約を解除したうえ、同年七月中右大木及び原告を相手取り、甲府地方裁判所に建物収去土地明渡請求訴訟を提起した。ところが同庁は昭和二十九年四月二十日右請求を棄却したので、更に右判決を不服として東京高等裁判所に控訴したところ、同庁は昭和三十年二月九日第一審判決を取消し、原告に対しては本件建物を収去して本件土地を明渡すべき旨を命じ、(同庁昭和二九年(ネ)第一二〇三号)右判決(以下本件債務名義という)は昭和三十二年五月二十八日確定した。

二、しかして亡浅尾長次は昭和三十一年二月二十六日死亡し、被告等及び訴外近藤直七、近藤豊治、入江新次郎が共同相続したので、被告等及び右訴外人等は前記宅地につき次のような割合で共有持分を有するに至つたものである。すなわち、

亡浅尾長次の妻 被告 浅尾英世 四十五分の三十

同人の弟 同 浅尾正三 四十五分の六

同人の弟 同 山田重次 四十五分の六

同人の亡兄 近藤徳太郎の長男 訴外近藤直七 四十五分の一

徳太郎の次男 同 近藤豊治 四十五分の一

徳太郎の三男 同 入江新次郎 四十五分の一

三、ところが前記確定判決に基く強制執行は次の理由により許されない。

(一)  原告は、昭和三十二年八月一日右訴外人三名から前記宅地につき同人等の有する前記共有持分合計四十五分の三を買受け、同年九月十二日甲府地方法務局において右持分取得の登記をしたから、右土地は原告及び被告等三名の共有となつた。従つて被告等の原告に対する前記建物収去土地明渡請求権は混同により消滅した。

(二)  仮に然らずとするも原告は前記宅地の共有者であるから他の共有者である被告等に対し、共有物分割若くは対価の支払により円満に解決して土地所有権の取得を念願しているものであるが、被告等は敢て強制執行により原告の建物収去土地明渡を求め、然る後において土地の分割をせんとしている。かかる行為は原告が本件地上に建物を所有する共有者であることを無視し、且つ住宅難の折柄、原告が十年来本件土地に生活の基礎を確立させるべく努力し、一応生活の安定をみた現状を破壊するものであつて、いわゆる権利の濫用であり信義に従つた権利の行使ということはできない。従つて本件強制執行はこの点においても許されない。

(三)  次に原告は同年七月二十三日、被告等及び右訴外人等に対し、前記建物を時価金四十五万円で買取るよう借地法第十条の規定に基き買取請求権を行使し、右代金の支払あるまで本件建物を留置する旨書面を以て通告し、右通告は被告等に対しては同日、訴外人等に対しては同月二十五日に到達した。従つて被告等の原告に対する建物退去土地明渡の執行は右代金の支払あるまで許されない。

よつて本件債務名義の執行力の排除を求めるため本訴に及んだ。なお被告浅尾英世、同山田重次の主張は全部これを争う。本件建物については昭和二十七年六月二十五日付をもつて原告のため所有権保存の登記がされているから借地法第十条所定の「第三者」というを妨げない、と述べ、証拠として甲第一乃至第六号証、第七乃至第九号証の各一、二を提出し、鑑定の結果を援用すると述べ、乙号各証の成立を認めた。

被告浅尾英世、同山田重次訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として請求原因事実は三の(二)の点を除いて全部認めるが、原告の主張は次の理由によりすべて失当として排斥されるべきである。すなわち、

一、本件債務名義に表示されている請求権は、亡浅尾長次の原告に対する物上請求権であつて、これを被告等が原告主張の土地二百六十三坪とともに共同相談したものである。しかして右共同相続による共有関係は、いわゆる合有であつて民法に規定する共有とは異り、各共有者はその持分を処分する権能を有しないものである。従つて仮に原告が共有者の一人に加わつたとしても、右請求権はその性質上不可分のものである。そうとすれば右請求については各債権者は総債権者のために履行を求めることができるものであるし、右合有にかかる債権が合有者の一人につき混同を生じても、かような事項は他の合有者に対して何等の効力を生じないものといわねばならない。被告等は合有者の一人として合有者全員のために右義務の履行を請求することができるものであること明かであるから、原告主張の三の(一)の異議事由は理由がない。

二、次に被告等の先代亡浅尾長次が土地所有者として原告に対し本件土地明渡請求権を有することは確定判決により確定した事実である。原告は右判決において本件土地の明渡義務の履行を命じられており乍ら、前記土地の共有者の一部からその共有持分を取得したものであるから、既に確定した右明渡請求権の行使が義務者の一方的工作によつて権利濫用として阻止される根拠は全くない。従つて原告のこの点に関する主張も亦到底承服し得ない。

三、次に原告のした本件建物の買取請求権の行使は、本件債務名義である判決により原告の建物収去義務が確定した以上、既判力により遮断せられて、もはや許されないものである。すなわちかかる異議の原因は右口頭弁論終結当時には既に存在しており、原告は右判決の基本となつた事実審においてこれを抗弁として主張できたのであるから、請求異議訴訟においてはこれを主張し得ないものといわねばならぬ。仮に建物買取請求権の行使が請求異議の事由になり得ると解するも、原告は借地法第十条に規定する「第三者」に該当しないから、買取請求権を有しないものである。すなわち同条にいう第三者とは地上物件の取得について対抗要件を具備したもののみを指すものと解すべきところ、本件建物は譲渡当時未登記であつて登記簿上原告の承継取得の事実は窺われない。従つて原告の買取請求権行使の主張は失当である。

仮にそうでないとしても原告の建物買取請求権の主張は禁反言の原則に違反して無効である。すなわち原告は本件建物の譲渡人である大木日出雄と通謀のうえ、虚偽内容の公正証書を作成せしめ、本件債務名義である判決の基本たる口頭弁論において右証書を提出して本件建物につき自己の所有権を否認し、単に大木から賃借使用しているに過ぎない旨主張しており乍ら、右訴訟において自己の主張が容れられないことに確定するや、直ちに本件建物を自己の所有なりとして本訴においてこれが買取請求権を行使しているのであつて、原告の右のような態度は禁反言の原則に違反するものである。

しかもなお原告の建物買取請求権の行使が適法であるとしても原告は単に建物所有権が相手方に移転し、建物収去義務が消滅したことのみを主張し得るに過ぎず、請求異議訴訟においては右建物の代金請求権による同時履行の抗弁又は留置権の主張は許されないものである。従つて原告が本件土地の明渡を拒む理由は全くない。

よつて原告の本訴請求は失当であると述べ、証拠として乙第一乃至第十二号証を提出し、鑑定の結果を援用し、甲第一乃至第五号証の成立は認めるが、同第六号証の成立は知らない、同第七乃至第九号証の各一、二のうち登記官吏作成部分の成立のみを認めるがその他の成立は知らないと述べた。

被告浅尾正三は、「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として請求原因事実は全部これを認めると述べ、甲第六号証の成立は知らない、同第七乃至第九号証の各一、二のうち登記官吏作成部分の成立のみ認めるがその余の成立は知らない、その他の甲号各証の成立は認めると答えた。

理由

本訴請求原因事実は三の(二)の点を除き全部当事者間に争がない。そこで以下順次原告主張の異議事由について審按する。

一  まず原告は、昭和三十二年八月一日訴外近藤直七等から原告主張の土地二百六十三坪の共有持分のうち四十五分の三の持分権を買受け、これにより原告は被告等とともに右土地の共有者になつたから、被告等の原告に対する建物収去土地明渡請求権は混同により消滅したと主張するが、たとえ原告が持分取得により右土地の共有関係に加わつたからとて、本件土地につき被告等が原告に対して有する妨害排除請求権に消長を来す筋合のものではない。蓋し原告は、前記土地に対する持分権を取得することにより、本件債務名義に表示された建物収去土地明渡請求権を共有することとなり、原告と被告等は共に右請求権のいわゆる準共有者たる関係にあるから、右法律関係には性質上まず不可分債権の規定が適用されるべきである。従つて右請求権につき債権者たる地位にある被告等は総債権者のために、原告に対し履行の請求をすることができることはいうまでもない。もつとも右請求権につき債務者の地位にある原告は、前記土地の共有者の一部である近藤直七等から共有持分権を譲り受けることにより、右近藤等の原告に対する本件建物収去土地明渡請求権を取得することとなる結果、右請求権に関する債権債務が同一主体たる原告に帰属することになるが、かかる事項は民法第四百二十九条第二項にいわゆる不可分債権者の一人につき生じたる事項に該当し、他の債権者である被告に対しては何等の効力を生じないから、被告等の原告に対する本件建物収去土地明渡請求権は、これにより何等影響を受けるものでない。そうとすれば、被告等は依然共有者の一人として共有者全員のため、原告に対し右建物収去土地明渡義務の履行を請求し得ることに変りがない。

(二) 次に原告は、被告等が前記土地を分割し、又は対価の支払を受ることにより円満に解決することができるのに、敢て共有者の一人である原告に対し本件土地の明渡を求めるのは権利の濫用として許されないと主張するが、原告はもともと確定判決により本件土地に対する明渡義務の履行を命じられ乍ら、共有者の一部からその共有持分を取得したものであつて、被告等が前記土地につき分割又は対価の支払を得て、原告に所有権を取得せしめるも、或はまず明渡の履行を求めるも、被告等の自由に選択行使し得るところであつて、義務者のかかる一方的行為により被告等の権利行使が権利濫用として阻止されるものとは到底謂い得ない。従つて原告のこの点の主張も亦排斥を免れない。

(三) 次に原告は被告等に対し借地法第十条の規定に基く建物買取請求権を行使し、右代金の支払あるまで本件建物を留置する旨通告したから、被告等の原告に対する本件建物退去土地明渡の執行は右代金の支払あるまで許されない旨主張しているので、まず建物買取請求権の行使が本訴において異議事由となり得るかどうかについて考えてみる。

債務名義が確定判決である場合の請求に関する異議の訴は、異議事由が事実審の口頭弁論終結後に生じたものであるときに限り許されるものであるが、右事由が本件の如く借地法第十条の規定に基く建物買取請求権のような形成権の行使である場合には、事実審の口頭弁論終結前に既に形式権を行使することが期待される以上、右事由は民事訴訟法第五百四十五条第二項にいわゆる口頭弁論終結後に生じた原因に該当しないけれども、終結前右形式権の行使が期待されないときは、右事由をもつて口頭弁論終結後に生じた原因に当るものと解するを相当とする。本件について考えてみると、成立に争いない乙第六号証によれば、原告は、右建物収去土地明渡請求事件の口頭弁論において、終始原告に本件建物の所有権のなかつたことを主張していたことが認められるから、右事件の事実審における口頭弁論終結当時においては建物買取請求権を行使するに由なく、従つてこの事実は、右形成権の行使を期待し得ない場合に該当するものと解するを相当とし、原告のなした右形成権の行使は適法な異議の事由に当るものといわねばならない。

かくして適法なる建物買取請求権の行使があれば、これに因り当該建物の所有権はその相手方に移転するから建物収去義務は消滅するものと解される。

しかして建物収去土地明渡を命ずる債務名義の内容中には建物退去土地明渡請求権をも質的に包含しているものといえるから、その限度で債務名義の効力が一部消滅したことを確定させる趣旨で請求異議の訴を提起する利益があるものと解する。

そこで原告のした買取請求権の行使の適否について検討する。原告が訴外大木日出雄より本件地上の建物を譲受けるとともに、その敷地部分である本件土地の借地権を譲受けたが、賃貸人である被告等の被相続人浅尾長次の承諾を得られなかつたことは当事者間に争がない。而して登記簿上地上物件の承継取得の事実が明かでなくとも、該物件につき対抗要件(本登記)を具備するものは借地法第十条所定の「第三者」に当るものと解すべきところ、成立に争のない乙第一号証によれば、本件建物につき昭和二十七年六月二十三日付仮処分命令により職権で原告のため所有確保存登記がされていることが認められるから、原告は同条の「第三者」というを妨げず、同条により買取請求権を行使できること明かである。

更に被告等は、前記のように原告が前訴において建物の所有権を争いながら、本訴において右所有権が自己に存することを主張し、これを前提として建物買取請求権を行使することは、禁反言の原則に違反して許されない旨主張するが、かような主張を禁ずる旨の明文のない民事訴訟法上は、このような主張の許されることも前訴の既判力に反しない限り止むを得ないものと解さねばならない。

かくて結局、原告の本件建物買取請求権の行使は、正当になされたものであるといわねばならないところ、右請求権行使時における買取代金の額は、鑑定の結果を斟酌し、当事者間に争いのない原告が被告等に対し買取請求権を行使した昭和三十二年七月二十五日当時の本件建物の時価である金九万円をもつて相当とする。しかして買取代金請求権は建物に関して生じた債権であるから、原告は留置権を行使して右買取代金の支払あるまで本件建物の引渡を拒絶することができ、留置権の目的は引換給付の判決をなすことによつて充分にその目的を達せられるものと解する。従つて被告等の原告に対する債務名義に基く建物退去土地明渡の強制執行は、被告等において右代金九万円の支払あるまで許されないものというべきである。

原告は本訴において債務名義の全面的執行力の排除を求めているが、結局以上説示のとおり右一部排除の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるから棄却すべきものとす。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用し、同法第五百四十八条第一、二項に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 須賀健次郎 野口仲治 土田勇)

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